東京高等裁判所 昭和56年(ネ)800号 判決 1982年9月27日
控訴人
有限会社青柳商事
右代表者
青柳静雄
右訴訟代理人
高場茂美
同
平野隆
被控訴人
株式合社ニツソク
右代表者
山崎猪里
右訴訟代理人
武岡嘉一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審で追加した予備的請求を棄却する。
控訴費用及び前項の請求に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
一控訴代理人は、主位的請求につき「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金九四四万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年九月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、当審で新たに追加した予備的請求につき「被控訴人は控訴人に対し、金一二二万四四一八円及びこれに対する昭和五四年九月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決並びに当審における予備的請求につき請求棄却の判決を求めた。
二当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏二行目の「満期日」を「満期」に、同八行目の「名宛人」を「受取人」に訂正する。)
1 控訴代理人の陳述
(一) 主位的請求についての再抗弁の補足
(1) 被控訴人は、脱税の目的で、架空の経費を計上して簿外資金(いわゆる裏金)を作ることを企て、訴外マルショウ株式会社(以下「訴外マルショウ」という。)の協力を得て、被控訴人の販売するマジックシートの販売額の三割を、本件販売手数料契約に基づき訴外マルショウに対し販売促進手数料として支払つたような外形を整えて裏金をねん出し、脱税の目的を達していたものであつて、被控訴人及び訴外マルショウの右行為は、極めて違法性の強い行為である。被控訴人において本件販売手数料契約が右のような違法な目的を達成するための仮装行為であることをもつて控訴人に対抗し得るものとすることは、法に違法行為を容認することとなり、そのような結果は正義に反し許されるものではない。
(2) 差押債権者は、債務者の権利を債務者に代わつて行使する点において、代位債権者の場合と何ら異なるところがないにもかかわらず、民法九四条二項にいう第三者に該当するものと解されており、同項の適用に関し、代位債権者と差押債権者とを区別して取り扱う理由はない。代位債権者も民法九四条二項にいう第三者に該当し、第三債務者は、代位の目的たる債権の発生原因たる法律につき虚偽表示による無効をもつて代位債権者に対抗することはできないものと解すべきである。
(二) 当審で追加した予備的請求の請求原因
(1) 被控訴人は、架空の経費を計上して、いわゆる裏金を作ることを企て、訴外マルショウに対し協力方を依頼した結果、昭和五二年三月ごろ右両者の間に要旨次のとおり合意が成立した。
(イ) 訴外マルショウは、被控訴人に対し、住友銀行渋谷支店における同訴外人の普通預金口座の利用を許諾し、被控訴人において、同人の販売するマジックシートの販売額の三割を訴外マルショウに対する販売促進手数料の支払名下に右預金口座に振り込んだ上、被控訴人側の右振込金の払戻しを受け、これを被控訴人の裏金として取得する。
(ロ) 訴外マルショウは右振込金を自己の収入として経理上の操作を行うものとし、被控訴人は、訴外マルショウに対し、裏金作りの協力謝礼金として、前記預金口座への振込金額の一割に当たる金員をその都度支払うこと。
(2) 前項の合意に基づき、被控訴人は、別紙振込金額明細表の番号1ないし14の各欄記載のとおり、それぞれ同欄に掲げる日に同欄に掲げる金額を訴外マルショウに対する販売促進手数料の支払名下に前記預金口座に振り込んだ上、その都度これを払い戻し、合計金一億二七五三万八五九六円の裏金を取得した。
(3) 訴外マルショウは、被控訴人に対し、別紙振込金明細表の番号12ないし14の各欄に掲げる振込金合計金一二五六万〇四一三円について、前記(1)の合意に基づき、その一割に当たる金一二五万六〇四一円の謝礼金請求権を有しているので、控訴人は、予備的請求として、訴外マルショウに代位して被控訴人に対し、右謝礼金の内金一二二万四四一八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月二三日から完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
(三) 予備的請求についての抗弁に対する認否
被控訴人主張に係る2(二)の事実は否認する。
2 被控訴代理人の陳述
(一) 予備的請求の請求原因に対する認否
控訴人主張(二)(2)の事実は認める。
(二) 予備的請求についての抗弁
被控訴人は、訴外マルショウに対し、
(1) 昭和五四年二月二七日、別紙振込金額明細表の番号12の欄掲記の振込金についての謝礼金として金三二万三〇五二円を
(2) 同年四月二日、同表の番号13及び14の各欄掲記の振込金についての謝礼金として金九三万二九八八円を
それぞれ支払つた。
3 証拠関係<省略>
理由
一主位的請求について。
当裁判所も原審と同様、本件販売手数料契約上の手数料債権に基づく控訴人の主位的請求は、失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示(原判決五枚目裏五行目から八枚目表一〇行目まで。)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決五枚目裏四行目の次に、行を改めて次のように加える。
「1 <証拠>によれば、控訴人主張の請求の原因1及び2の事実(ただし、訴外マルショウの債務総額は約三億五三〇〇万円で、債務弁済引当て財産の評価額を最大限に控除しても約二億四〇〇〇万円の債務超過の状態にある。)を認めることができる。」
2 原判決五枚目裏五行目の全部を次のように改める。
「2 被控訴人と訴外マルショウとの間に昭和五二年三月二八日控訴人主張の内容の本件販売手数料契約が締結され、その後右販売促進手数料は昭和五三年八月一日から販売額の二〇パーセントに減額され、更に同年一一月以降は二五パーセントに改定された事実は、当事者間に争いがない。被控訴人は、本件販売手数料契約は、契約当事者の通謀虚偽表示によるもので無効である、と抗弁するので、以下右抗弁について判断する。」
3 原判決七枚目裏二行目の項数「二」を「3」に改め、同行目の次に、行を改めて次のように加える。
「 控訴人は、被控訴人において本件販売手数料契約が裏金作りによる脱税の目的を達成するための仮装行為であることをもつて控訴人に対抗し得るものとするときは、違法行為を容認することに帰着する旨主張するけれども、本件販売手数料契約が控訴人主張のような違法な目的を達成するための仮装行為であるとすれば、通常の通謀虚偽表示の場合より一層強い理由をもつて同契約の効力は否定されなければならず、右契約の効力を否定することが脱税その他の違法行為を容認する結果につながるものでないことは多言を要しないところであるから、控訴人の右主張は採用することができない。
次に、控訴人は、被控訴人は本件販売手数料契約の通謀虚偽表示による無効を善意の第三者である控訴人に対抗することはできない旨主張するので、まず、控訴人が民法九四条二項にいう第三者に該当するか否かについて険討する。」
4 原判決八枚目表一〇行目の次に、行を改めて次のように加える。
「 控訴人は、債務者に属する権利を債務者に代わつて行使する点では差押債権者と代位債権者との間に差異はないから、民法九四条二項の適用に関し代位債権者と差押債権者とを区別して取り扱う理由はなく、差押債権者が同項にいう第三者に該当するものとされている以上、代位債権者についても同様に解すべきである旨主張する。しかしながら、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽表示によつて生じた外形に基づいて新たに法律関係を有するに至つた者をいうものと解すべきところ、虚偽表示によつて取得した財産の差押債権者は、当該財産上に差押の方法によつて具体的、確定的な支配権を確立した者であるから、虚偽表示によつて生じた外形上の権利関係につき新たな法律関係に入つた者ということを妨げないが、単に一般債権者たる地位を有するだけで、当該財産に対し差押の措置をとつていない者は、債権の一般的効力に基づき債務者の権利を代位行使し得るのみで、当該財産に対し具体的、確定的な支配権を有するものとはいえないので、虚偽表示によつて生じた外形上の権利関係につき新たな法律関係に入つた者ということはできない。したがつて、民法九四条二項の適用に関し代位債権者を差押債権者と同列に取り扱うべき理由はなく、差押債権者が同項にいう第三者に該当するのに反し、代位債権者が右の第三者に該当しないものと解しても、決して不合理ではない。控訴人の再抗弁は、失当であつて、採用することができない。
よつて、控訴人の主位的請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。」
二当審における予備的請求について。
1 控訴人が訴外マルショウに対し金九四四万二〇〇〇円の約束手形金債権を有していること及び訴外マルショウが無資力であることは、前記認定のとおりである。
2 控訴人主張に係る予備的請求の請求原因事実(前記二の1控訴代理人の陳述(二))のうち、(1)の事実については、被控訴人の明らかに争わないところであるから、被控訴人においてこれを自白したものとみなすべきであり、(2)の事実は、当事者間に争いがない。
3 被控訴人の弁済の抗弁について判断すると、<証拠>を総合すれば、被控訴人の事務員中尾淑江は、被控訴人の専務取締役斎藤茂弥の指示に基づき、訴外マルショウ代表者棚本昭次に対し、①昭和五四年二月二七日ごろ、別紙振込金額明細書の番号12の欄掲記の振込金三二三万〇五二六円に係る謝礼金として、その一割に当たる金三二万三〇五二円を、②同年四月二日ごろ、同表の番号13及び14の各欄掲記の振込金合計金九三二万九八八七円に係る謝礼金として、その一割に当たる金九三万二九八八円を、いずれも訴外マルショウの営業所に持参して支払つた事実を認めることができる。<証拠>中には、別紙振込金額明細表の番号12ないし14の各欄に掲げる振込金については謝礼金を受け取つていないという趣旨の供述部分があるけれども、<証拠>によると、訴外マルショウは、別紙振込金額明細表の番号12ないし14の各振込について、右振込が行われた都度、被控訴人から振込金額の通知を受け、自己が支払を受け得る謝礼金の額を了知していたことが認められ、前述のように訴外マルショウが同年五月二日倒産したことから考えると、同年三、四月ごろには、同社の資金事情は相当程度ひつ迫しており、もし、前記各振込金についての謝礼金が支払われていないとすれば、訴外マルショウは再三にわたり被控訴人に対しその支払を請求したはずであると思われるのに、原審及び当審証人棚本昭次の証言その他本件に現れたすべての証拠を精査しても、訴外マルショウからそのころ被控訴人に対し謝礼金未払分の支払の請求がなされた証拠は存在しないのみならず、かえつて、<証拠>によると、訴外マルショウの倒産後に同社代表者棚本昭次が財産整理のため作成した同社の負債及び資産の一覧表には、被控訴人に対する未回収の債権は、謝礼金債権その他いかなる名義をもつてするを問わず、全く計上されていないことが明らかであり、以上に指摘した諸点に照らせば、前掲棚本証人の証言中謝礼金を受け取つていないとする趣旨の供述部分は、信用することができない。
もつとも、原審及び当審証人棚本昭次の証言によれば、右棚本は、謝礼金の支払を受ける都度、自己の名刺に受取を証する記載をして、これを前記被控訴人の事務員中尾淑江に交付していたことが認められるにもかかわらず、別紙振込金額明細表の番号12ないし14の各欄掲記の振込金に係る謝礼金の支払に関しては、領収証が証拠として提出されていない。しかし、当審証人中尾淑江の証言によれば、元来、裏金作りの協力謝礼金の領収証は、被控訴人がこれを保存することは適当でないため、右中尾は、前記棚本から交付を受けた謝礼金の領収証を前記斎藤専務に呈示して謝礼金の支払事実の確認を得た後、すべてこれを自宅に持ち帰り、自己の心覚えのための資料として保管していたところ、本件訴訟が提起された後被控訴人代表者から照会を受けたので、自宅で保管中の領収証を被控訴人に提出交付したのであるが、保管方法の不備のため一部紛失して見当たらないものもあり、被控訴人が本訴において書証として提出している謝礼金の領収証は、右中尾が前記棚本から交付を受けた領収証のすべてではないことがうかがわれる。したがつて、別紙振込金額明細表の番号12ないし14の各欄掲記の振込金に係る謝礼金の支払事実を証する領収証が現存しないとしても、右の事情は、右謝礼金の支払がなされたとの前段認定を覆すに足りず、他にこの認定を動かすべき証拠はない。
4 してみれば、被控訴人の抗弁は理由があり、控訴人の予備的請求は失当として排斥を免れないものである。
三以上に説示したとおりであつて、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、控訴人の当審で追加した予備的請求も失当としてこれを棄却すべく、控訴費用及び右予備的請求に関する訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(貞家克己 近藤浩武 渡邉等)
振込金額明細表<省略>